都市開発事業部 事業部長 A.S.
都市開発事業部 事業部長 A.S.
小田原藩113千石の城下町、そして難所の箱根を控えた東海道屈指の宿場町とハイブリッドに発展した神奈川県小田原市。この由緒ある街でも近年は中心市街地の活力が失われつつあり、街一番の商業地区では数年前から、行政の補助金を活用した再開発が他社により進められていた。
ところが、計画がなかなか進まない。地権者たちは「このままでは本当の〝小田原評定〟(議論するばかりで実現しないこと)になってしまう」と苛立ちを覚えていた。
そんな時ちょうど、小田原の駅近くでタカラレーベンが順調に再開発を進めていた。
それを耳にした地権者が意を決してタカラレーベンに声をかけ、そのプロジェクトを担当していたSが自ら地権者のもとへ駆け付けたのが事の始まりだった。
Sは、地権者たちが厳しい状況にあることを知る。このあたりはもともと小さな区画の地権者が多い。そこに大型総合スーパーが進出、スーパーが地権者に建設協力金を融資、地権者たちはその資金を元に共同で大型ビルを建て、そこにそのスーパーが入居し、その賃料で返済するという建設協力金方式で開発されていた。しかし、なんとそのスーパーが閉店・撤退してしまい、地権者は賃料を断たれて借金だけが残され、自分たちでテナント誘致するものの十分な賃料を得ることができず困っていた。
このままこの状況が続くと老朽化する建物の維持管理費も賃料収入を大きく超えることになり地権者たちにとって死活問題だ。
これは一刻の猶予もままならぬ…。Sがスピード重視の案を掲げると、効率化を望む地権者たちは賛同。入居テナントとには契約期間満了時に即立ち退いてもらい、工事着手できる事業スケジュールを立てた。
ところが、まちづくりを主眼とする補助金を活用する以上、1棟だけの再開発はその対象外で、隣地数件を取り込み整形地とする事が要件となった。つまり、隣地地権者とそのテナントとは短期間での交渉が必要になってきたのだ。
Sは隣地地権者の一人ひとりはもちろん、立ち退きを要するテナントとも一軒一軒、丁寧に交渉していく。交渉相手の数は多いが、時間は限られている。相手にとっては短期間で不動産を手放す訳だから、簡単にいくはずがない。
何度も足を運び、粘り強く交渉するS。カレンダーを見るたびに冷や汗をかく日々が続いたが、「街の活性化のために」という彼の思いが通じたのか、首を縦に振ってくれるようになり、少しずつスケジュールの見通しが立っていく。
並行して行政との交渉にもあたったが、意外にもこの迅速なスケジュール案に市の担当者は顔を曇らせる。地権者の意向があるとは言え、タカラレーベンの示したスケジュールで進められる訳がない、と。
市は議会を通して予算を組む。しかも今回はその予算に県や国も絡んでいる。もしスケジュール通りに進まず、期限までに予算を消化し計画が完了しないと一大事だ。ゆえに、1年延ばせと市は迫る。しかし、小田原の駅近くで行ったプロジェクトの実績、そしてSの熱意で勝ち取った信頼が、担当者にOKと言わしめた。
あとは予定に沿って進めるだけだが、もともとややハードルが高いスケジュール。Sは必死に交渉にあたっていくが、ここで秀吉が難儀した小田原城の如き難攻不落の交渉相手が現れる。
街区の重要な部分に建つ1棟のビル。そのオーナーは外国の企業でなかなか連絡がつかず、コロナ禍により決裁権者の来日も難しい中、なんとか交渉のテーブルにたどりついた。
ところが初交渉の席で、Sは固く握りしめた拳を叩き付けたい衝動を必死に抑えた。提示された金額は相場の約3倍で、難しい条件も付帯。時間的なリミットも目の前に迫っている。この一角の取得は、断念せざるを得ないのか…。
しかし、それでは地元の人たちと描いてきたプランが頓挫する。地域の未来を背負っている以上、諦める訳にはいかない。
その後、仲介者を通じ粘り強くリサーチを続けたところ、「オーナーは売ってもいいと思っている」との情報を掴み、強気で交渉。折り合いをつけることに成功したのは、期限の直前だった。
地元の人たちと新しい街をつくっていくこのプロジェクトは現在も進行中で、2023年には工事が始まり、その5年後には地下1階・地上19階のビルが完成する予定だ。
「地元の方々との交流の中で、その地域で何が求められているのか、我々は何をするべきなのかが必然とわかってくるんですよ。地元目線を重視して事業計画を立てることこそ〝街づくり〟じゃないですかね」と熱く語るS。そんな彼を突き動かすのは、自分のこと、自社のことより「地元のために、地方都市が抱えている問題を解決するために」という他利の心だ。
ちょっぴりシャイなSは「地域貢献してるね」と言われると照れくさいと感じるが、街の人たちと一緒に未来を描き夢を追いかけるこの仕事を、とても誇らしく思っている。
※上記は2022年7月時点の内容です。